遠い鳥、近い島

屈託のない文章を書きましょう

新曲(2025/12/5)

古墳シスターズの1stアルバム『THEボツ集』が売り出されたのは、公式ホームページによると2014年11月8日だったらしい。

しかし、私の記憶では、私が『THEボツ集』をママ2の物販でゲットしたのは2014年8月。サインをしてもらったのは10月とかそのくらいの時期。
サイン入りCDを手に入れて「キョホホ!」と舞いあがったときに見た光景の中で、私は間違いなく薄い長袖Tシャツを着ていた。
だからあれは絶対秋の出来事だ。

だが、その記憶は事実に反している。十余年の月日によって、記憶は捏造されてしまったのである。
まあたしかにそのつもりで思い出してみると、11月ごろに人づてにサインを依頼したような気もするが……。

いずれにしても公式ホームページの記載に誤りがない以上、私は「『THEボツ集』発売以前からのファン」ということになる。
そう気がついたとき、「さすがに古参か……?」と思った。

ブランクがあったり、私よりも古くからいるファンを知っていたりするせいで、自分が古参だという意識がどうも薄い。

「でもやっぱ私は古参じゃねえだろ……」とごねていると、ガチ新参(はにわっこ歴約7ヶ月)の友人Aが半ギレで言った。

「『白い家』のAメロにメロディをつけて歌えるのは古参だろ!!」
「……どゆこと?」
「『スチューデント』の音源聴いてみなよ!! Aメロの松山さんはメロディつけて歌ってないよ!!!」
「マジで!?!?!?!?!?」

試聴。

「ほんまや!!!!!!!!!」

『花』のころにはメロディがついていたので、完全に脳内補完して聴いていた。
ほかにも「『Happy Wedding』のメロディが違っている」とか「『香川大学校歌』とかいう知らん歌を歌っている」などと指摘され、いよいよ言い訳できない雰囲気に。

実働5年の出戻りではありますが、古参のようです。さすがに。

友人Aにせがまれて「昔は『らぶれたー』は2回歌う歌だったんだよ」とか話していると、ほんのすこしではあるけれど寂しさみたいなものを感じる。
私が知っていることをほかの多くの人が知らないということに対するえもいわれぬ感情。
あるいは、かつての定番曲がレア曲と呼ばれているのに遭遇したときの、「思い出を話すとマウントだと思われるかも」という不安。
そういうのがずっとある。

4月以来、「思い出に浸るだけで満足すんな」を目標にライブに参加してきた。
記憶との重なりを観ると同時に、ずれもよく観て楽しみましょう。「12年前から好きだったから今日も好き」だなんていう惰性はやめましょう。
つまらないならつまらない。楽しかったなら楽しかった。そうやってちゃんと刺し合いましょう。

2025年12月5日の仙台FLYNG SONでのライブは楽しかった。

上演前に、時間調整のために松山さんの前説があった。
前説がはじまる直前、彼がステージに立って無言で客席を見回しているあいだは、目を合わせるのが恥ずかしくて喉仏を見ていた。
話がはじまると平気になった。
14時間も運転してこの町に来たんだな。事故がなくって本当によかった。

「古墳シスターズ観るのは今日がはじめてだよっていう人」

松山さんがそう言うと、背後でぽろぽろと手が上がる気配がした。
いいなあ。古墳をはじめて観られるんだ。羨ましい。

「今日は楽しんで行ってください」と言い残して、松山さんは引っ込んでいった。

秋から冬にかけての
乾いた風に吹かれて
感受性強いごっこ
拍車がかかります

この入場SE、ここだけ繰り返し聴いているのでここだけ覚えた。
板橋末っ子の会の楽曲だということだけ知っている。
上に引用するために歌詞を検索して読んだ。こういう歌詞だったのか。

当たり前のことだけれど、歌は何度も聴いていると覚える。
Apple Music の集計によると、2025年に私は古墳シスターズの歌をおよそ1万5000分聴いたらしい。ドライブ中にCDで聴いているぶんも足すとたぶん2万分くらいになる。2万分というと2週間ぶっつづけだ。

ここまでくると、まあ知らん歌はない。
と思っていた。

驕り。

7曲目が知らない曲だった。
あまりにも知らなさすぎて、はじまってすぐは知らない曲だということにすら気づけず「なにがはじまったんだろう」と思っていた。

さわりを歌ったところで松山さんがフロアに向かって「この歌知ってる?」と訊いた。
Aはこのとき「『マンダレーの森』か……?」と思っていたらしい。
私も首を傾げた。夜更かしモンバスのときに松本くんが制作中だって言ってた新曲かな?

クエスチョンマークが浮かぶフロアを眺めて、してやったり顔の松山さん。
この感じは新曲じゃないな。

あ、てことはあれか。

あれか!

「『月と虎』!」

あれだ!

博士論文を書いていて古墳の情報をなにひとつ追えていなかった2023年。古墳シスターズは5月に、神戸にある「太陽と虎」というライブハウスに120時間監禁されて5日間通しライブをおこなっていた。らしい。
当時の私はTwitterに投稿される古墳シスターズの呻きを観測して「なんか、やべーことやっとるな」と思っていた。自分がいかなかった(いけなかった)ライブのことを調べると具合が悪くなるタチなので、それ以上のことは調べていない。

「月と虎」はそのときに作られた楽曲だと、4ヶ月くらい前にAが教えてくれた。YouTubeだかTwitterだかに音源があって、Aはそれを聴いたとのことだった。
説明に対して、私は「ふーん(原文ママ)」と答えた。だって行ってないライブの話をされるとなんかムカつくんだもん。

そんなこんなで避け続けてきた「月と虎」。だから、私にとっては新曲だった。
そりゃまあ「カブトムシ」とか「マジで目にゴミが入っただけ」とかも、4月の私にとっては新曲だったんだけれど。そういうんではなくてさ。
わかれ。

ライブハウスで古墳シスターズの新曲を聴く経験。
いいなあ。はじめて聴くんだ。羨ましい。
未来の私が言っている。

私という人間はどんな音楽でも歌詞を聴き取ることを極めて苦手としていて、1度聴いただけで覚えられることはまずない。
はじめて「ムーンライト」を聴いたときもそうだった。ライブの翌日か翌々日に書いたらしきブログの記事が残っている。

一度しか聴いたことのない歌の歌詞を思い出そうとして別の歌を作ってしまう。
どっちの歌詞がより妥当か?
存在しない五百円玉を選び取ってやりすごす。

「もうすぐ君は眠ってしまう。」

「月と虎」は、思い出をひとつずつ忘れていく人の歌だった。
壁の向こうに明るい世界が広がっていて、ぼくかきみのどちらかが旅立とうとしている。
きみは赤い顔でぼくを見ている。
そういう感じ。

また聴きたい歌だった。
だから、思い出そうとして別の歌を作ってしまう。
捏造されゆく私の記憶。

でも、羨ましいでしょう。
私しか覚えていないステキな思い出は。

私という人間はどんな音楽でも歌詞を聴き取ることを極めて苦手としていて、思い出をひとつずつ忘れていく。
だから記憶の中の古墳シスターズは「もうすぐ君は眠ってしまう」と歌ってくれるのです。

不思議なことに、昨日の私は、昔のことを一切思い出さなかった。
最初から最後まで、ずっと現在にいた。
「今日がはじめてだよっていう人」のときに手を挙げておけばよかった、と、終わってから思った。