遠い鳥、近い島

屈託のない文章を書きましょう

グランドファーザー

8年ぶりに会った人が伝票に字を書くその手つきに見覚えがあった。
サラトガクーラーを飲みながら、「そういえばこの人は右手の甲にほくろがあるんだった」と考えていた。

店内はひどく混んでいて、彼は忙しなく動き回っていた。
レコードを替えるために立ち止まるほんのわずかの時間に、すこしだけ話した。
昔よりも相槌がうまくなっていた。

昔彼がコンビニでアルバイトをしていたころに、失礼な客に腹を立てて「フライヤーの油をぶっかけてやりたい」とぼやいていたのを強烈に覚えている。
いまだにそういう思いをしていたらどうしようと思って、働く彼の姿を見るのが怖くて、何年も看板を眺めるだけで済ませてきた店。

でも、杞憂だったんだな。
針を溝に落とすときの真剣な横顔を見てそう思った。

次のレコードがかかりはじめた。
サックスとワイングラスが大きく描かれたジャケットを、彼は棚によく見えるように飾った。
白地に黒字で書かれた『Just the two of us』というのが曲名なのだろうと思う。
洋楽だった。

私は音楽がわからないから、彼がどういう意図でそれをかけているのかはわからなかった。
曲名通りの意味に受けとってもいいんだろうか。
この期に及んで、まだ私に向かって歌ってくれていると思い込んでいる。

店の扉を開けて目があった瞬間の、驚いた顔に驚いた。
なぜ私のことなんか覚えているの。
もう8年も経ったというのに。